上海:幸せの街に、コーヒーを。より美味しいコーヒーを求める旅が、もう一つの居場所と人生のリズムを整える

国際的な金融ハブ、セレブが集まる社交界ー世界最大規模の都市として、華やかに成長を続ける上海。世界の今を敏感に感じ取る上海では、スペシャルティーコーヒーシーンが熱い注目を浴びています。けれど、煌びやかなトレンドセッターとしての顔を持つ上海っ子たちが本当に求めるものは、これまでとは一味違う様子。本当に自分を幸せにしてくれるものとは?心満たされる豊かさって?そんな疑問への答えは、街角のコーヒーショップで見つかるかもしれません。

KOHIIのコンテンツキュレーターであるRikaさんが、コーヒーを通して見つめた上海の日常を教えてくれました。

「時間とは、コーヒーの品質にとって競争相手のようなもの。その真価を発揮させるには、コーヒーが木から摘み取られた瞬間から、精製、加工、輸出、焙煎、そして抽出のレースを勝ち抜かなければいけない。」有名店セブンシーズの焙煎士たちが書いたこの言葉で私は、コーヒーと時間とは常に対になって関わり合う、ということに思いを巡らせはじめた。 

私の一杯のコーヒーはたいてい、バリスタと軽くおしゃべりをしながらカフェのメニューを眺め、おすすめを教えてもらったりして選ぶところから始まる。それからコーヒーを淹れる様子を観察して、時には味わう前にラテアートの写真を撮るかもしれない。飲んだらおしまいというわけでもないー後から、味わいの余韻を思い出したり、出会ったコーヒーのことを友達に話したりもする。時間はコーヒーとよく混ざり、溶け合う。完璧な一杯を作るのにも、そこにいたるまでのコーヒーの旅路に思いを馳せるのにも、たっぷりの時間が必要だ。その日、その後がどんなに忙しくなろうとも、一杯の美味しいコーヒーには待つだけの価値がある。

コーヒーと幸せの街 

2400万人超の人口を抱える上海は、中国で一番大きく、世界でも最大規模の都市に数えられる。上海の強みは、複雑で層の厚い文化資産を誇り高く継承しながらも、それが決して街としての成長を妨げないところだ。国際都市では当たり前となった、小さな生活空間と目まぐるしく変化し続ける社会。日々その重みを肩に感じながらも、私たちは限られた場所と時間を賢く使い暮らすことに慣れてゆき、そうして繰り返す毎日が形づくられる。

最近、コーヒーショップの数が目覚ましい勢いで増えているー 個人経営のブランドや小規模の系列店、そしてスペシャルティコーヒー関連も数えれば、上海には8000を超える店が希少な店舗物件を巡って競い合い、生き残りをかけて成長を続けているらしい。1年と少し前、近所のAlphabets Coffeeというカフェに初めて行った時、創業者の一人があたたかく声をかけてくれた。「将来もしコーヒーのお店を開くことがあれば教えてね。お店のデザインを考えるのを手伝ったり、自分の失敗談から何からなんでもシェアしてあげる。」プロの建築家でありコーヒーに深い情熱を傾ける彼女に比べたら、当時の私はバリスタ養成コースでやっとSCAレベル1を卒業したばかりで、バリスタの友達をもっと作りたいな、なんて思っているところだった。素敵な申し出に胸が熱くなったのを覚えているけれど、その後すぐに、このコーヒーの世界には他の業界とは違って、彼女のように優しい心をもつ人々でいっぱいなのだと知ることになる。

著書 「ハッピーシティ:都市デザインを通して人生を再設計する」で、チャールズ・モンゴメリはこう書いている。「幸せとは、いくつも部屋がある家のことで、その中心には暖炉がある。それを囲む家族、友人、仲間、そして時には全くの他人と共に、自分のもっとも良い所を見つけるのだ。」ある意味で、コーヒーマシンはこの街の中心で暖炉となって、幸せを湧き出させているのかもしれない。

毎日家と職場を駆け足で行き来する途中に、コーヒーショップは小さく暖かな一角を用意してくれる。そこで私たちはようやくほっと息をつき、居心地の良い場所で、社会とのつながりは感じたまま心を落ち着かせることができるのだ。目覚ましの一杯だけじゃなく、コーヒーショップは私たちに「もう一つの居場所」をくれる。雰囲気が良くて、あたたかく迎えてくれる場所。コーヒーショップがどんどん増えているその事実こそが、私たちがそんな空間を現在進行形で求めている事の証拠ではないだろうか。コーヒーの香りが開放的な空間に漂い、写真映えのするインテリアやなんでも知っているバリスタを包み込む時、コーヒーショップはゆったりと過ごす時間の価値を教えてくれる。せかせかと人混みを縫い歩く混沌のメガシティ、上海では特に際立つ視点だ。 

上質なおもてなしとは何か、を再訪する 

良いおもてなしの5つの柱は、帰属意識、共感、信頼、娯楽、そして快適さだという(「Kinfolk特集:おもてなしの心」より)。規模に関係なく、コーヒーショップはどれもこの5か条に沿っているべきだ、と私は思う。2018年にForbesが発表した「中国で最も住みたい街」で上海は1位に輝いた。個人的な経験から見ても、この街はどんどんコーヒー好きを惹きつける旅の目的地へと変化を遂げている。

長い間、上海はサービスやおもてなしの世界で高い評価を得てきた。1920年代には、旅行者や冒険を求めてやってくる人が世界中からこの街を訪れた。「東洋のパリ」と呼ばれ、上海は新しく異なる文化や人、そしてさまざまなライフスタイルを受け入れてきた。コーヒーがはじめて上海にやってきたのは19世紀のこと。異国からやってきた宣教師や商人がもたらしたこの飲み物は、ヨーロッパからの駐在員が牛耳る外国人居留地のなかでも選りすぐりのコーヒーハウスでしかお目にかかれない、瀟洒で贅沢な西洋文化の象徴だった。一般庶民もようやくコーヒーを楽しめるようになったのは、20世紀はじめになってからだ。

国際的金融ハブであり、ファッションや美食体験でもトレンドの最先端を走る上海では、今も西洋社会との繋がりが色濃い。スペシャルティコーヒーの台頭も当然、駐在コミュニティや、比較的好奇心が強く、金銭的に余裕があり旅慣れた中国人消費者たちのレーダーにキャッチされ、熱い注目を浴びている。国内出身のロースターやショップ、そしていわゆるコミュニティビルダーやクリエイティブ・ストーリーテラーといったトレンドの発信者たちが集まって、新しく華やかなコーヒー文化が産声を上げたのだ。

本場イタリア式のエスプレッソ、ローカル文化の薫るオリジナルレシピのホワイトコーヒー、日本・北米のシーンに影響を受けたプアオーバーにフィルターコーヒー、そして北欧風のカフェメニューには「ヒュッゲ」の文字が踊り、さらにはトルココーヒーからアイリッシュコーヒーまでー上海のコーヒーシーンはニューヨーク、ロンドン、東京の「今」を映し出しアップデートを続ける。街ゆく人々から与えられる「美味しいコーヒー」の称号へのハードルは上がり続け、この街のおもてなしの上昇志向はとどまる所を知らない。

人々と、ストーリーテリングの力

ストーリーを伝えるということ、それは人間の営みの根っことも呼べる、人と人とをつなぐ最も力強い行為だ。パートナーに、友人に、初めてのデートで、仕事の面接で、私たちはみな、ストーリーを日々誰かに伝えている。そしてそれはコーヒーの周りでも、小さなパンドラの箱を次々と開けているようだ。バリスタとの何気ない会話が、毎日飲んでいるコーヒーの産地のこと、そしてそこで働く生産者やコーヒーを焙煎する人、コーヒーを美味しく淹れる秘密や気になる器具の話、時には新しいパッケージデザインにまで広がっていくのだ。

多国籍大都市、上海の目まぐるしい日常はそこに住む人たちを追い立て、ソーシャルメディアであちこちに忙しく社交するほどに孤独は増してゆく。けれどコーヒーショップは訪れる人すべてを受け入れ、ひとときの間ゆっくりと座り、生身の人間と会話を楽しむ時間をくれる。ご近所さんの顔もめったに見かけず、同僚とはメールでのやり取りばかり、現実世界の友人よりもインスタグラムでできた知り合いと好んで話をするかと思えば他人との関わりを恐れ、幼なじみや家族とは離れて暮らす、そんな時代に私たちは生きている。コーヒーを通せば、心通わせられる人々と出会い、親友を見つけ、興味深いストーリーに幾度となく視界が広がり新しい物事を受け入れる姿勢が身につくー名前とお気に入りのドリンクを言わなくても覚えていてくれるバリスタに会いにいくのが、毎日の欠かせない習慣になり得るのだ。

クオリティ・オブ・ライフの定義を問う

近年では、中国セレブのお気に入りの社交場としてだけでなく世界の上流社交界として機能する上海だが、その現代的で洗練された文化の繁栄がもてはやされるほどに、巧妙に切り取られ、いびつに誇張された煌びやかな姿には当てはまらないものに多くの地元っ子たちが捌け口を求めるようになった。透明性、互いに信頼する心、そして誠実さを何よりも大切にするスペシャルティコーヒー文化は、これまでの常識や価値観を少しずつ変え始めている。何が私たちの生活を豊かにし、心を満たしてくれるのかー他人が定義する「成功」ではなく、自分を幸せにするものを追い求めるのはごく限られた幸運な人だけができる贅沢だ。けれどコーヒーを愛することで、大きなリスクを負わずとも、これまで背負ってきた思い込みから少し離れて一息つく時間が手に入るのだ。

上海でスペシャルティ産業を立ち上げたクリエイター、教育者、そしてストーリーテラーたちは、人々の意識と努力の方向を実にエレガントに誘導したーこの世界で求められるのは本物志向、独自性、質の重視、そしてサステナビリティ。コーヒーショップの店構えはより立ち寄りやすくなり、店内には壁一面に地元の若手アーティストたちの作品が飾られている。メニューは分かりやすく工夫に富んでいて目にも楽しく、本棚にはコーヒーを楽しみながら自由に手に取れる雑誌などが並び知的好奇心を満たす。ビジネスが社会的責任を果たす一員であるという意識がより浸透するにつれ、ショップオーナーたちはマイカップを店に並べ、資源を再利用する。そんな空間に足を踏み入れるということは、コーヒーという媒体を通して、世界と交流する幸運を意味する。コーヒーショップは、共同体や居場所を持つことの大切さや、一度急ぎ足をやめてみる事を訪れる人々に教え、成功への道は日々の小さな積み重ねで作られるということを穏やかに知らせてくれる場所だ。

情熱を再発見しよう

「どうでも良い事のために必死に働くのはストレスだ。しかし、愛する物のために骨身を惜しまず働くのは、情熱だ。」サイモン・シネックの言葉は核心をついている!コーヒーカウンターで嬉しそうに働くバリスタたちを見かけるたび、この言葉を思い出す。この間、友人のリンリンとおしゃべりしていた時ー彼女とは中国マーケットにシングルオリジンを紹介し、国内スペシャルティコーヒー業界の第一人者である上海企業、Seesaw Coffeeの人事部で共に働いていた仲だー、彼女は、「コーヒー業界で働く人々はそのほかの産業と比べるとより強い職業倫理を持ち、挑戦やリスクを恐れず、学ぶことに対してより意欲的だ」と話していた。この傾向でさらに面白いのが、著名なバリスタやコーヒー実業家たちのほとんどが、大学などでコーヒーの勉強をしたわけではなく、コーヒーを仕事にする前は全く関係ないキャリアを積んできた人ばかりだということだ。中国でもっとも権威あるビジネス街である上海では、実用的で資本主義的、そして何よりも現実的なビジネス文化が重用される。しかしコーヒーコミュニティでは、エネルギーや情熱、そして勤勉が存分に報われ花開くーここでは皆が夢を見られるのだ。

上海で5年間暮らすうちに、週末のお散歩が次第にコーヒーショップ巡りへと変わっていった。ファッションブティックや美味しいレストランを探し歩くのとはまた違う楽しみ方。自分だけのコーヒーマップを作る時、喜びはあらゆる方向からやってきて、街のリアルな姿があらわれ、感覚や感情の全てがいっぱいに動きはじめるのを感じる。私の居場所はもはやただ住んでいる場所、ではなく、私を幸せにしてくれるものとどう積極的に、継続的に関わっているか、という視点で定義されるようになった。コーヒーショップは、文化の交わり、新しいアイデア、人生の知恵や質の高い時間を祝福する喜びに満ちている。焙煎士がコーヒーと向き合い書き付けるメモは、一杯の美味しい液体がカップに注がれるリズムと混ざり合い、現代の詩となって響くのだ。

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