2022年9月に映画館「Stranger」を墨田区菊川にオープン。「映画を知る」「映画を観る」「映画を論じる」「映画を語り合う」「映画で繋がる」という5つの体験を、一連の映画鑑賞体験として提供する新しいスタイルを目指し、語り合う場としてのカフェにもこだわり、東京の東エリアから新しい映画文化を発信している。
そんな岡村忠征さんの生き方の一端、そして、側にある“コーヒー”の存在について聞いた。
「コーヒーはいつも何か相手を求めている飲み物」
ーーどのようにコーヒーを楽しまれていますか。
切り換えのためのコーヒーと、一緒に時を過ごすためのコーヒーがある。
朝起きて目を覚ますために飲むコーヒーや食後に仕事に戻る前に飲むコーヒーは、切り換えのコーヒー。書き物をしたり映画を観たりする時に飲むのは、一緒に時を過ごすためのコーヒー。そう考えると、コーヒーというのは相棒としてかなり気が利く存在だ。わりと頑固で個性が強い存在なのだが、実際はこちらの都合に寄り添ってくれる。
どこかのお店で飲むコーヒーには、淹れる人のメッセージを感じる。コーヒーの味は、意志がないと決まらない。小さくて押しつけがましくなくても、コーヒーには必ずなにがしか意志がこもっていると感じる。見知らぬ人との、寡黙な意志のやりとり。コーヒーショップや喫茶店でコーヒーを飲む楽しみだと思う。

できればテイクアウトの容器ではなく、カップで飲みたい。ゆっくりそれなりに時間をかけて。でも冷めきらない程度に。豆はエチオピアが好き。最近では、酸味があるアメリカーノがお気に入り。ガトーショコラとコーヒーの組合せが好き。ガトーショコラが美味しいお店の場合、苦みのあるブレンドなどをオーダーすることが多いです。

動物はコーヒーのような飲み物を発明できないし、しないと思う。わざわざ実を摘んで豆を焙煎して、エイジングして、お湯を注いで。しかも、ほんの少しの差異でまったく味が変わる。ワイルドな色や匂いなのに、とても繊細。
つくづく人間というのは、不思議だと思う。人間のセンシング能力(感覚を感知する能力)が高すぎるために、宇宙的視野でみればほとんど同じものなのに、そこに千差万別の違いを見いだしてしまう。コーヒーのことを考える度に、人間というのはややこしいものだと思うと同時に、人間の尽きせぬ創意工夫の欲望に頼もしさを感じる。
そして、コーヒーというのはいつも何か相手を求めている飲み物だと思う。本、散歩、お菓子、ケーキ、チョコレート。何かと組み合わさりたいという力を感じる。

「寝る前は、明日起こるかもしれない楽しいことを思う」
ーー岡村さんのマイルールは?
眠るときに必ず、明日の日に起こる楽しいことを一つ想像する。どんなにしんどいときやキツイときでも、前向きな気持ちで眠りにつき目覚められるように。そのことで、漠然とその日を迎えるのではなく、その日に何か一つでも掴み取ろうとする気持ちが生まれる。日々にあまりに貪欲だとそれはそれで疲れる。かといって、毎日をただ受け身で過ごすとすり減ってしまう。眠る前にあえて意識して次の日の楽しいことを想像すると、意外にも、自分が後ろ向きだったことに気付くことが多い。夜は人間を少し消極的にするのかもしれない。そんな夜へのささやかな抵抗として、眠る前の明日のための自己暗示がある。
ーー素敵な⼤⼈とは?
「素敵な大人」の印象は、自分の年齢によってさまざまに変わる。以前は、「素敵な大人」と言えば、思慮深くて落ち着いた知的な人や、価値観が確立していてはっきりと意思決定できる強い人などをイメージしていたが、45歳を過ぎてから少し変化した。どんな風に変わったかというと「素敵な大人」というのは、とにかく「優しい人」のことだと思うようになった。色々な経験を乗り越えて、地に足をつけて毎日を送っている人は、だいたいみんな優しい。困難に直面している人を、諭すでもなく慈愛で包み込むような人。そういう人を「素敵な大人」と呼びたい。

ーー1 ⽇にあともう5分あったら?
5分は短いようで長いし、長いようで短い。何かをしよう、と思うと多分あっという間に過ぎてしまい、むしろせわしなくなりそうなので、あえて何もしない時間にしたい。自宅のマンションが立地上恵まれていて、とても綺麗に夕陽が見える。玄関のドアを開ける前に立ち止まって夕陽を眺めることがしばしばあるが、せいぜい2、3分のような気がする。ただ突っ立って夕陽を眺めるのに7、8分は長い。でも、もし毎日もう5分プレゼントされるなら、そんなことに使いたい。

岡村忠征

1976年生まれ。広島県広島市出身。ブランディングデザインのアートアンドサイエンス株式会社代表。デザインコンサルティング業務のかたわら、2022年9月に映画館Strangerを墨田区菊川にオープンさせる。「映画を知る」「映画を観る」「映画を論じる」「映画を語り合う」「映画で繋がる」という5つの体験を一連の映画鑑賞体験として提供する新しいスタイルをめざして開館。語り合う場としてのカフェにもこだわり、東京の東エリアから新しい映画文化を発信している。