公正を期し、未来が明るいコーヒー業界を。ブラントさん【KOHII meets Roasters】


今回のゲストはCOYOTE the ordinary shopのヘッドロースターであるBrant Tichkoさんです。彼はCOYOTE the ordinary shopにて、ロースターとして、生産者に近い距離でコーヒー業界が抱える様々な課題に取り組んでいます。これからはグローバルなコーヒーコミュニティを築き、持続可能なコーヒー産業を作り上げたいと語るBrantさん。今回のKOHII meets Roastersではそんな彼のキャリアストーリーをお届けします。

Brant Tichko(ブラントさん):COYOTE the ordinary shop ヘッドロースター


By KOHII Creator Jongmin

生産者と消費者の間で

ーー自己紹介をお願いします。

こんにちは。COYOTE the ordinary shop(以後、「COYOTE」と表記)でヘッドロースターをしているBrantと申します。COYOTEではエルサルバドルの生産者から直接、生豆を仕入れています。私は代表の門川さんが買い付けに行っている間に焙煎から店舗のマネジメントまでの仕事をしています。

ーーCOYOTEの活動について教えてください。

COYOTEは、エルサルバドルのチャラテナンゴ地域から高品質なコーヒー豆を適正な価格で直輸入しています。全国のロースターさん向けに生豆の卸をしていますが、the ordinary shopの店舗ではカフェでの利用もできます。

エルサルバドルの生産者が厳選してつくったスペシャルティコーヒーが飲めることがthe ordinary shopの一番の魅力です。同じ産地でも、全く異なる個性を持つコーヒーに出会う体験ができます。さらにコーヒー豆は量り売りスタイルで、コーヒーのお供に植物性のスイーツを楽しめるなどの環境保全の取り組みもしています。

ーーCOYOTEのこだわりを教えてください

COYOTEは、エルサルバドルの農園のこと、生産者のこと、コーヒーのことまで一杯のコーヒーにまつわるリアルなストーリーをお届けしています。代表の門川さんが一年以上現地のコーヒー生産者として過ごしたので、信頼関係のある生産者からコーヒーを直輸入しています。今も定期的にエルサルバドルの農園に訪れたり、オンラインでCOYOTEのスタッフと農園の方と話し合いをするなど交流が続いています。

シングルオリジンコーヒーのラベルには、生産者の直筆サインを入れていて、商品名でも生産者の名前を紹介しています。コーヒーが人がつくったものであることを身近で感じてもらえるような工夫です。

日本からは遠いエルサルバドルですが、コーヒーを通して、消費者と生産者をつなぐ架け橋のような存在でありたいと思います。

自由で若い業界で始まった挑戦

ーーBrantさんが来日されたきっかけを教えてください。

アメリカで大学2年生まで通い、交換留学生として関西外国語大学に来ました。1年間、留学生生活を存分に楽しんでから、帰国するタイミングで、ALT(Assistant Language Teacher)の制度について知りました。

当時、将来は先生になるつもりでいて、アジアにも住んでみたいと思っていました。ALTになれば、教員のキャリアを積むと同時にアジアで暮らす経験も得られるので一石二鳥だと思い日本に残ることになります。

ーーコーヒー業界に興味を持った理由を教えてください。

もちろん、ALTの仕事も満足していましたが、その気持ちと同じくらいコーヒーが好きだったことが一番の理由です。

コーヒーを淹れたり、飲むだけではなく、コーヒー産業に興味がありました。スペシャルティコーヒーは農家の生活向上、環境保全、トレーサビリティの透明性など様々な社会課題と向き合っています。社会的に貢献性の高い仕事にも関わらず、まだまだ発展途上中の業界なので、自由度が高く、自ら新しい何かに挑戦する仕事ができると思いました。

自分の気持ちを試すために、アルバイトをしてみたいと思いましたが、ALTは公務員なので副業をすることができませんでした。ですので当時は休日に、大阪のSTREAMER COFFEE COMPANYでお手伝いをしました。

お手伝いなので、基本的には皿洗いとレジの業務しかしなかったのですが、おかげでたくさんのコーヒー業界関係者とつながったり、コーヒーのイベントを知ることになりました。平日はALTの仕事を、休日はコーヒーをする生活をしばらくの間繰り返しました。時間が経つほど、コーヒーを知りたいという気持ちが強くなったので、仕事にすると決めました。

ーー最初はどんな仕事をされたか教えてください。

コーヒー関係のイベントで小川珈琲の方と知り合い、社長面談を通して小川珈琲に入社しました。当時、ボストン店に店舗を出していたので、英語が流暢なメンバーを探していて、タイミングがよかったです。ボストンは実家から近いので(笑)。小川珈琲では、本当に色んな業務を経験しました。

最初は、イベントやプロモーションなどの企画・開発の仕事をしました。中でも社内のバリスタチャンピオンを海外にプロモーションする仕事を担当して、コーヒーのことも深く学べました。そのうちに自分も選手として競技大会に出ました。

生産者と近い距離で、コーヒーに携わる

ーーロースターになったきっかけを教えてください。

企画や開発の仕事も興味深かったのですが、コロナウィルスの影響で在宅勤務が続いたことをきっかけにコーヒーとの関わり方を見直しました。実はコーヒー業界に入った当初から焙煎をして、生産者に近づきたい気持ちが強かったです。

コーヒーの消費国だと焙煎の仕事が生産者に最も近い距離なので、焙煎がしたいと思っていたらCOYOTEの門川さんと出会いました。当時、彼は買い付けに専念するために、焙煎を担当する人を探していたので、私はすぐに「やります!」と答えました。

ーーはじめて、焙煎をすることになって大変だったことはありませんでしたか?

最初は生産地で焙煎の経験がある門川さんのローストプロファイルと自分のローストプロファイルを確認しながら、プロファイルを調整しました。その作業を繰り返すうちに自分の中でも焙煎のノウハウも蓄積されました。当初はどのタイミングでコーヒー豆を出せば良いのか、わからず焦りながら焼いていたことを思い出します(笑)。

COYOTEはダイレクトトレードをしているからこそ、消費者は生産者の顔が見えます。焙煎士は、その仲介者なので、その役割にとても責任感を感じました。生産者がつくったコーヒーの魅力を最大限活かすこともできれば、極端な例えですが生産者の顔に泥を塗ることもできます。

生産者とつながっている感覚

ーーCOYOTEでの仕事を通して得た気づきがあれば教えてください。


COYOTEでは、直輸入しているエルサルバドルのコーヒーのみを扱っています。ですので、最初は生産国が同じならば、味の傾向も似ているだろうと思いました。しかしカッピングをすると、エルサルバドルの中でもテロワールの違いを感じます。エルサルバドルに集中して、テロワールや精製方法による繊細な味の違いを感じれるのは、楽しいですね。中には同じ地域でも、味わいが大きく違うコーヒーもあって、驚く時もあります。

後は焙煎を通して、生産者の性格を感じる感覚があります。例えばCOYOTEのラインナップにRaulという名前の生産者が作ったコーヒーがあります。彼のコーヒーは焙煎をする時に焼きムラが少ないです。おそらく彼は栽培や精製の仕方に手を抜かないで、とても丁寧な性格の持ち主だと思うんです。

店舗は今年の7月で一周年を迎えました。これから毎年、同じ生産者さんの豆を取り扱う中で、その年ならではの味の変化を感じていけそうで、楽しみにしています。

ーーコーヒーを通して、生産者とつながっている感覚になるんですね。

そうですね。お客様には「あのバリスタが淹れてくれるコーヒーだからこそ、いつものコーヒーよりもなおさら美味しい」という感覚があると思うんです。それは全く根拠のない話でもなく、コーヒーは嗜好品なので、情緒的な部分は味に影響すると思います。だから、コーヒーから人間味が感じられることは重要だと思います。

ロースターにとっても近い感覚があって、先入観を持たずコーヒーをカッピングするという前提に、生産者が見えるコーヒーは美味しく感じます。また応援したい気持ちにもなります。あたりまえに美味しいコーヒーはなくて、生産者の多大な努力の賜物だとロースターとして実感するからこそ、生産者が持つストーリーも消費者のみなさんにも伝えたいです。

より良いコーヒー業界にするために

ーーコーヒー産業における問題意識があれば教えてください。

コーヒー産業は、まだまだ不平等な構造の中に成り立っています。情報としては広がっているけど、その問題に直面する瞬間は少ないので、中々、自分事に考えることが難しいです。「生産者の努力があるからこそ、美味しいコーヒーが飲める」ということは当然のことで、だから生産者を中心にした産業構造に変化していく必要があります。

生産者のストーリーを届けるということは、目の前のコーヒーがなぜ美味しいのかをプレゼンすることでもあります。コマーシャルコーヒーよりも、適切な価格設定をしているスペシャルティコーヒーは、消費者にとって最初は高く感じられるかもしれません。だから美味しいコーヒーを飲んで、目の前の美味しいコーヒーをつくるためには、生産者の多大な努力が必要であることを伝えて、はじめて消費者に価格に見合った体験をしてもらえると思います。

他にもよく議論される問題として、業界雇用におけるジェンダーの不平等があります。バリスタもロースターは男性が多い一方で生産地のハンドピッカーには女性が多いですね。問題の背景が複雑なので、すぐに解決できる問題ではないと思います。このように最初からSocial Justice(社会的公正)の意識をSocial Movement(社会運動)、行動が起きるレベルまでに引き上げるのは、まだ現実的に難しいです。しかし、問題を問題として認識している時点で、発展性の高い業界だと実感します。

消費国で、ロースターはコーヒーのサプライチェーンにおいて、最も生産者に近い位置です。私自身も一人のロースターとして、コーヒー産業・業界が抱える問題を意識して、少しずつ行動していきたいと思います。

ーー今後のビジョンや目標があれば教えてください。

COYOTEとしては、エルサルバドルの魅力をより発信していきたいですね。日本で中南米はなんとなく治安が悪いというイメージで広がっています。エルサルバドルも長い内戦の歴史があり、自然災害の被害も受けた国です。

Photo by esau-gonzalez on unsplash

しかし、それらのニュースに隠れた魅力的な文化が多くあります。エルサルバドルは、食文化やインディゴ(藍)が有名ですね。あとカカオの生産量も多いです。最近、面白いニュースとして、エルサルバドルでは、昨年、ビットコインが世界で初めて法定外貨として採用されたんです。

内戦や自然災害の傷を乗り越えて、今はとても革新的で、発展する可能性が高い国です。

個人的には、もしアメリカに帰国することになれば、アメリカでCOYOTEのコーヒーを広げたいです。エルサルバドルからの物理的な距離も日本よりアメリカが近いので、現地の新鮮な豆を早く手にできると思います。また、アメリカ在住のエルサルバドル人と協力すると、現地の方と厚いネットワークを築きたいです。将来的には日本、アメリカ、エルサルバドルと海を越えたグローバルなコミュニティを通して、コーヒー産業・業界をよりよくしていきたいです。


COYOTE the ordinary shop(instagram

Brant さん(SNS


A cup of KOHII with Love (執筆・撮影:Jongmin)

Total
0
Shares
Prev
KOHII PEOPLE #7『今日もコーヒーを淹れて』著者:Mocha

KOHII PEOPLE #7『今日もコーヒーを淹れて』著者:Mocha

2004年からコーヒーの自家焙煎と自家製パンについて独学し、YouTubeやインスタグラムでその様子を発信する@mocha_kurashiさん。動画の中で語られ

Next
コーヒーのソーサーはアリかナシか。受け皿ではない本当の役割とは?

コーヒーのソーサーはアリかナシか。受け皿ではない本当の役割とは?

ソーサーのかつての役割は「受け皿」にあらず この間、近所のカフェでお茶をしていると、ソーサーにふと目が留まりました。

You May Also Like
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。